子供のいない女性が不安になるとき
私が異常なほどの不安感、焦燥感、孤独感に襲われたのは、40歳を過ぎたころでした。
そのピークは45歳で、以前も書きましたが、病院に駆け込んだほど辛かったです。
当時、何が不安だったかというと、
- 兎にも角にも老後が不安
で、言い換えると、
- 将来が不安
でした。
そんなときに私がしたことは、
- 不安なことをリストアップして、一つ一つ解決していく
ということ。
そのため、40~45歳の間、狂ったようにリストを作り、問題解決に取り組むということをしていました。
例えば、老後にかかる費用に関しては、エクセルで徹底的に計算しました。
他には、私たち夫婦が老後を迎える20年先の世の中を想像して、お金で解決できそうなこと、解決できそうにないことを考えました。
子なし女性がかかえる人生物足りない感
そんなことをしているうちに、不安が少しずつ消えていき、心は安定したのですが、一つだけ問題が残ったのです。
それは、
- 何かが足りない感
という感情です。
こればっかりは、リストを作っても、何かを想像しても解決できることができないのです。
そして、行き着いたところは、
- 子供がいないことで私の人生に何かが足りないのではないか
ということでした。
そこでインターネットで書かれている色々な情報を読むと、
- 自分探し(自己実現)
をすれば、満たされるのかもと思い始めたのです。
そして、自己実現については心理学者のマズローが有名だと知り、マズローの本、
を読み始めました。
すると、世の中は「承認欲求」や「自己実現欲求」などで盛り上がっている中、私には、どうしても「所属と愛の欲求」が足りないように思えるのです。
(マズローの人間性心理学の基本は子なし専業主婦の孤独感についてに書きましたので、詳しくはそちらをご覧ください)
しかし、マズローの本の中には、所属と愛の欲求について詳細に書かれていなかったのです。
また、他にも本を探しましたが、所属と愛の欲求について書かれているのは、(日本語では)見当たりませんでした。
子なし女性だからではなく所属欲求が足りてない?
そして、またインターネットの世界を放浪を続けていると、こんなブログを発見したのです。
それは、
というものです。
精神科医のシロクマさんが書かれているブログで、2010年なのでかなり昔のものです。
この中で、
所属欲求は、集団や人間関係のなかに自分が受け入れられている・所属している・一体感を感じられるという情緒的体験が得られている時、充たされる。
という箇所があります。
他にも、
- 今の世の中で所属欲求が満たされている人はそんなにたくさんいるのか?
という内容も書かれていて、これは参考になるなぁと思ったのでした。
子なしと子ありの距離
というのも、社会人になってからの人との関わりの中で、私はシロクマさんが書かれているような状況になったことはありません。
以前仕事をしていたときに、仕事に対する評価で充たされたことはありました。
でも、職場で自分が受け入れらているとか、一体感を感じるということはありませんでした。
その原因は、私自身にあることもわかっています。
それは、子供のいる人達の話しに入るのが嫌だったからです。
まさに、逃げ回っていたという表現が正しいと思います。
仕事をやめて、専業主婦になってからも、この状況はあまり変わりません。
世の中には色々な理由で子供のいない夫婦がいるのだと、頭の中で理解してできている人はいるでしょうが、やれ子供の入学式だ卒業式だ、孫が産まれた、孫が言葉を話した、孫が孫が…。
という、自らイベントを作らなくても、自然とイベントが発生する人の話しを聞くのは、言葉が悪いですが、正直、うんざりする部分があるのです。
子供がいないと、そのようなイベントにはまったく縁がないので、心がウキウキするようなことというのは、努力して作っていかないといけません。
子供のいる人すべてが必ずしもイベントだらけで楽しいかというと、そんなことがないのは充分も承知です。
でも、少なくとも、そのイベントに参加するかしないかの選択権はあるわけです。
子供がいないと、選択権さえもありません。
もっというと、そもそも、子供や孫を話しは聞きたくないのに、その話しを聞くか聞かないかの選択権も与えられません。
そんなことを考えながら人間関係を構築していると、やっぱり、属している感覚というのは生まれないのだと思います。
やはり、今からでも遅くはないと思うので、地道に子供のいない女性との繋がりを見つけて、大切にしていけたらと思っています。
おはようございます^^
いつも感じていることですが
ラムレーズンさんの分析に納得することばかりで
心が満たされなぜかホッとしてしまいます。
これから先どうすべきか・・・。
私も心底夢中になれること(仕事など)で所属できることがあれば
生きる大きな目的になると思い続けてきました。
ただその能力に欠けていて
未だに到達できていません。
また子を持つひとでもその点ばかりが最大の関心事でないケースもあり
そういう人とはお付き合いできるのですが
子どもがすべて、という意識を察知してしまうと
どうにも先に進めなくなってしまう自分がいます。
子どもがいる、いないに関わらず
同じ目的を持って何かを作りあげるグループ
そんなものが仕事として成り立ったら
理想だと夢のようなことを考えます。
まとまりなくごめんなさい。
承認欲求、所属欲求というのは大きなキーワードですね。
ミントさん、こんにちは(^^)
心底望んでいた子供は授からなかったけれど
心底夢中になるものを別に探さなければいけない、
というのは辛いですよね(T_T)
ミントさんのおっしゃるように、
子供の有無に関係なく同じ目的を持って何かを作り上げるグループ、
しかもそれが仕事になったら理想的です!
そうなれば、所属欲求は確実に充たされますし、
うまくいけば、承認欲求も充たされます。
時間はかかるかもしれませんが、
理想を求めて諦めずに一歩ずつ前進していかないといけませんねー。
ミントさん、ラムレーズンさんこんにちは。
相変わらず更年期真っ只中で最低限の行動だけで生きているので、ぽつりぽつりとしかコメント書けずにいるおちょです。
でもブログも皆さんのコメントも掲示板も「わかるわー。」「いいお話聞けたなあ。」
と思いながら不定期で拝見しています。
ラムレーズンさんが数年前に感じていた辛い欲求や不安、去年の母の入院から突然始まりました。父は30代で倒れ5年前に亡くなっているのですが、まだ若さが残っていたのか、その時はいろんな意味で乗り切れました。ただ病院という場が嫌いになる原因にはかなりなりました。義理父母の時も病院の空間がいやでしたね。
ただひとりこの世の中に残される不安、そしてラムレーズンさんが書かれたように、子供や孫のことで取り囲まれている世の中への居辛さ、子供がいないことによって別の何かで達成感を「得なくてはいけない」義務感。こういうことが、今現在、自分でも疲れるほどに、(多分に更年期は影響している気がしますが)心の中にありますね。以前からあったのですが、ここに来て急に増してしまった感じです。
私のように感じる人がいる、気持ちを書いてもいいですよと言ってくださる方がいるそう思えるだけで大きな救いです。(文学を大学の専門でやっていたのに笑えますが)文章として上手く伝えられなくてもどかしいです。コメントしたことも何かの縁、みなさんと端っこの方でもいいからつながっていけたらなあと思っています。
「社会的弱者」という言葉、私もずっと思っていました。互助というか、もっとゆるくていいから助け合ったり近くで暮らせるならそういう場をなんとかできないものか、そんなことも漠然と考えたりします。私自身は長野県という山の中に戻って来てしまったので、現実世界では厳しい環境ですけれど、地域フリーのおちょで行こうと思っています。
生きてるだけでいいんだ、という境地になりたいですが、テレビのCM、書籍の広告(親を選んで……どうのなど)、移住者募集の子育て限定仕様、街中の人ごみ……等々で勝手に落ち込んだりして、49歳にして恥ずかしいけれどまだまだ強くなれないです。あーやっぱりまとまらない。悶々していますが、よろしくお願いします。
おちょさん、こんにちは(^^)
更年期で体調が優れないところ、コメントいただきありがとうございますm(_ _)m
おちょさんのおっしゃるような、ゆるく繋がりつつ助け合えるなにかがあったらいいなと私もずっと考えていました。
日本ではすでに活動を開始されている方がいらっしゃって、東京と大阪で集まったりしているようです。
http://blog.goo.ne.jp/brightcharm
今後、どんな活動をされるか興味津々で見ています。
私自身は、このブログと掲示板を地味に続けて、将来、子なしの人たちが集まれるポータルサイトが作れたらいいなと思っていますが、どうなりますことやらー。せめて、子なしにとって、楽に生きられる助けになるような場所にできたらと思っています。