住んでいる家で、玄関まわりの掃除をすると思うのですが。
アパートとかマンションだと玄関まえの廊下。
一戸建てだと、玄関から家に隣接している道路まで。
そんな玄関まわりの掃除です。
枯れ葉が落ちてくる場合は、毎日掃除してても何も思いません。
枯れ葉が落ちてくるわけでもなく、ゴミがないように見えても、毎朝、必ず掃除をされている方っていますよね。
そんな方を見ると、若かかりし頃の私は、
- マメな人だなー
と思うのと同時に、
- 暇な人だなー(失礼!)
と思っておりました(^_^;)
それから時は流れて、最近の私ですが、
- 毎朝、玄関まわりを掃除する人になってしまいました!
毎日、犬の散歩から戻ったら、犬たちの汚物を掃除して、家のまわりをぐるっとまわって、ゴミがあったら拾い、必要があれば掃き掃除をするように。
今だからわかるのですが、毎朝掃除して綺麗になることが確認できると、
- とても気持ちが落ち着く
のです。
この気持ちが落ち着くという状態ですが、若かりし頃はあまり経験したことがありませんでした。
いつも、
- 将来のためにスキルを磨かなきゃ
- 将来のためにお金を稼がなきゃ
- 将来のために仕事を続けなきゃ
という思いが強く、せかせかしていたのだと思います。
だからといって、不幸ではなかったのですが、忙しかったし、ストレスも感じたし、イライラもしました。
アメリカでも日本でもベストセラーになった、
- 金持ち父さん貧乏父さん
という本がありますが、私、この本に書かれているようなことをずっと実践してきました。
でも、この本にはお金を増やすためのノウハウは書かれていても、幸せになるためのノウハウはまったく書かれていません。
だから、ある程度資産が増えてくると、
- どこまで資産を増やせばいいの?
という疑問が湧いてきて、
- いくら貯めたら幸せになれるの?
と思うわけです。
さらに、
- 貧乏でも幸せだと感じている人はいる
という、ごくごく当たり前のことにも気づきます。
世の中には、絶対数は少ないように思いますが、お金をたくさん持っている不幸な人。
反対に、こちらはそこその数いるような気がしますが、お金はあまりないけれど幸せな人。
どちらもいるはずですで、どう考えても、後者の方がお得感があります(笑)
そうなると、
- どうしたら幸せになれるのか?
をひたすら考えるわけです。
そして出た、私なりの結論は、
- 脳みそが喜ぶことをひたすら続ける
ということでした。
ラッキーなことに、私は何かを作っていることで脳みそが喜ぶので、案外と簡単に幸福感を得ることができます。
ところが、欲を出して、ハンドメイド教室を開いたり、ハンドメイドした物を商品として売ろうと考えたりすると、途端にハッピーでなくなりました。
どうやら、
- 脳みそが喜ぶことの中に他者が関わる
とハッピーでなくなるようなのです。
例えば、
- 自分のセーターを編むこと
で脳みそが喜ぶのはいいのですが、
- 編んだセーターを売る
- 編んだセーターが素敵だと言われたい
- 編んだセーターをプレゼントする
だと、他者が絡んできます。
あるいは、
- お気に入りの洋服を身につけること
で、脳みそが喜ぶ方がいたとします。
これは、お気に入りの洋服を身に着けて美味しいものを食べに行ったり、ショッピングをしたり、ということですが、
- お気に入りの洋服を身に着けて他人に「素敵!」と言われること
で脳みそが喜んでしまうと、ややこしいことになります。
いや、喜んでもいいのですが、それが目的になると
- お気に入りの洋服→人に素敵と言われる洋服
にすり替わってしまうような気がするのです。
似たようなことで、
- 仕事でお金を稼ぐ
はいいですが、
- 仕事で部下や上司に必要とされる
のも他者が関わってきます。
人間ですから、他人に必要とされれば誰でも嬉しいです。
でも、お金を稼ぐことが目的だったときは、毎月のお給料日が楽しみだったはずが、他者に必要とされることが目的になってしまうと、では、それってどんなタイミングなの?
毎日、あなたが必要ですと言ってくれる人なんていませんし、年に1回、あるいは、数年に1回誰かがつぶやいてくれるくらいです。
人は子供の頃から
- 認めて欲しい
という気持ちを持っているものですが、その欲求が満足されないまま育って、私のような
- 自尊心低く育ってしまった人
は、大人になっても他者からの承認を求めてしまいがちなのだそうです。
ところが、専業主婦は他者から承認を得るのは非常に難しいのです。
他者からの承認が欲しいのに、それが得られなければ、満たされない思いを抱えたままになります。
そのため、私のように自尊心低めな人の場合は、
- 自己満足
ができるようになると、気持ちが満たされます。
そして、この自己満足ができるようになると、生きるのが格段に楽になります。
私はこの生き方を見つけてから、専業主婦が大好きなりました。
そして、夫に感謝できるようになって、現在は少しずつ自分を好きになりはじめています。
幸せの形は人それぞれですが、他者を絡めない幸せが形成されると、幸福度はぐっと上がるのかなーと思っています。
ものすごく大事で的を得た文章だと思いました!
私にも 自己満足 を得る必要、満足してもいいのだと思えることが必要だと思えました。
自分も自尊心がとても低く、それが原因で無理をしすぎた過去があります。仕事から離れている今、この環境にいられること、主人にとても感謝しているこの頃です。色々な事からまず救って貰えたこと、また気づかせてもらったことが沢山あります。
何度もこの記事を読みたいと思います。
まめさん、こんにちは(^^)
自尊心が低いと、頑張りすぎてしまうので、色々と辛いですよね。まめさんのご主人は、そういうまめさんをよく理解してくださっているのですね。ありがたいことですね~。自己満足でもまめさんが幸せを感じることができれば、きっとご主人も嬉しいと思います!
なるほど、突き詰めて考えると確かにそうですね!興味深く拝読しました^^
私も自尊心が低く、劣等感の塊みたいなものなので、やはり他人に認めてもらいたいという欲求が強いです。それだけに、自分がしたいことよりも、他人によく思われることを優先してしまいがちで、ストレスとなってしまいます。
私も専業主婦で、やはり社会の役に立つことで私という人間を認めて欲しいという欲求があり、でもだからといって働いても、会社や同僚の迷惑となっているのではないか、期待外れと思われているのではないかとか、劣等感が強いだけにあれこれ思ってはストレスでいっぱいとなり、幸せにはなれない気もします。
今は私はゆったりと時間を過ごせることに幸せを感じています。好きな読書をしたり、インターネットができて、我が家は経済的な余裕がないにも関わらず、働かなくてもいいと言ってくれてゆっくりとさせてくれている夫に感謝の日々です^^
菜の花さん、こんにちは(^^)
他人によく思われることを優先してストレスになるというの、私もまったく同じです。だから、1人でいいやと思うのですが、あんまり1人が長くなると寂しくなるという(^_^;)菜の花さんのご主人は、本当にお優しいですね(*^^*)
初めまして。
すごく素敵な文章で、感動しました!
私も自尊心がとても低く、人目ばかり気にしてしまいます。
同じく戸建で門周りや道路掃除をするのですが、私の場合は自分の為と言うよりも、かなり近所の人の目を気にしてやっています。
近所の人達が、いかに他人の家をチェックしているかを思い知らされる出来事がたくさんあり。
子なし専業主婦なのに掃除もしないと思われたらどうしよう、いつも綺麗にしてる、ちゃんとしてると思われなきゃと。
もう40代後半なのに、服選びも何でも、人にどう思われるか気にしてしまいます。
ラムレーズンさんの素敵な考え、お手本にしたいです。
みりさん、こんにちは(^^)
素敵な文章なんて言っていただいて、こちらこそ、ありがとうございます。とっても嬉しいです(*^^*)みりさんも、自尊心低めなのですねー。一生懸命やってもやってもゴールにたどり着かない感じしますか?私はいつもそんな感じでした。自尊心低めでも幸せになれると信じて、つながっていましょうね(*^^)v