生きがいと依存

スローライフ

コーヒー断ちをして10日が経ち、徐々にカフェインなしの生活になりつつある。だからといって、コーヒーなしの生活に慣れたかというと、まだそこまではいっていない。今一番困っているのは、コーヒーの代わりになる飲み物。暖かくて、ほっこりできるだけでいいのに、これがなかなかみつからない。とりあえず白湯を飲んでいるが、物足りなさは残っている。それでもカフェイン中毒から脱することができただけで良かったと思っている。

 

全然話しは変わるが、少し前、友達からある相談を受けた。話しを聞いただけでは、考え過ぎのような気もするが、最悪の場合を想像すると、あまりのんびりしていてはいけないような内容だった。

 

ところが、それから一週間も経たないうちにその友達から電話があり、相談したことがとんでもないことになっていると報告を受けた。私が想像していた最悪の事態より、更に悪い状況になってしまったそうだ。

 

氷山の一角という言葉があるけれど、今回の友達からの相談はまさに氷山の一角。違和感はかなり長い間続いていたようだが、人はどんなことにも慣れるもので、友達にとってもそれが当たり前になってしまっていたようだ。

 

私自身は友達の問題の解決にはまったく役に立たず、今はせめて問題が良い方向にいくのを祈っている。いつも思うことだけど、人って無力なものだと思う。

 

ただ、友達の相談事とコーヒーを一緒にしたら怒られてしまうかもしれないけれど、物事はいつも些細な事からはじまる。すぐに終わってしまうこともあるし、長く続くこともある。その長く続く物事は生きがいとなり人生の中で大きな物となれば最高。しかし、そうではない場合、そのほとんどは依存からくる何かだ。そして、完全に依存していると、それが生きがいのように錯覚してしまうことがある。私の場合のコーヒーがまさにそれ。

 

だから、今、自分がのめり込んでいることはどちらに属するのか。これを確認するには、いったんその物事をやめてみるのが手っ取り早い。やめてみて、心身ともに害はなく、健やかに生きるために必要だと思ったら続ければいい。そうでなかったら、勇気を持ってやめること。それ以外に方法はない。

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